竹中平蔵氏の経済理論は正しいのか?

竹中平蔵氏の経済理論は正しいのか?

新自由主義者の竹中平蔵氏は構造改革の必要性を執拗に訴え続けてきた。

アダムスミスの見えざる手が充分に働かないのは規制が多すぎるという理論だ。また竹中氏はケインズが言った『雇用の下方硬直性』を打破するために、派遣労働者の流動性を利用しようとした。正社員の雇用が守られ過ぎている社会では自由競争が阻害されると考えたのだ。

竹中氏の考え方はアメリカ直輸入の新自由主義と言っていいだろう。レーガン政権以降、保守本流のアメリカでもっとも広く受け入れられてきた考え方だ。彼はその教えを忠実に実行することにおいてずば抜けた才能を見せつけた。

世界的な経済不況がはじまり、派遣切りが急増するにつれて、多くの批判が竹中氏に集中し、アメリカのエージェント、売国奴だと感情的に批判する人も多くなってしまったわけだが、平等な評価をするためには彼の言う新自由主義(新古典主義)という考え方をまず理解しなければいけない。

つまり『すべての規制を撤廃し、自由競争にまかせれば経済は正しく発展していく』という新自由主義の主張を検証してみなければならない。言い換えれば『アメリカ流資本主義は正しいか?』ということだ。

結論を言うと、新自由主義は正しい。ただしそれは資本主義の胴元としてグローバルスタンダードを遂行し、世界の基軸通貨の発行権を持つアメリカという国にとってだ。そして自由競争の中で生き残ることのできるごく一部の勝者に限って言えることだ。

自由競争は必ず勝者と敗者を作る。勝者と敗者の割合が1対1ならまだいいが、情報革命が進み、グローバル化された世界での競争となれば勝者1に対して少なくともその1000倍の敗者が生まれることだろう。

競争に敗れた多くの人間は結局大企業の勝者の下で働くしかない。世界は一部の大企業に寡占され、貧富の格差が大きく、競争の少ない生産性の低い社会へと腐敗していくことだろう。

結局、経済はすべてを自由に任せてもうまく回っていかないのだ。

我々はアメリカにあこがれ、自由主義を受け入れてきた。しかし、その自由主義はもともと神の存在にすべてを任せればすべてがうまく解決するというキリスト教という宗教が根底にあるということを理解しておかなければならない。

新自由主義、それは結局宗教でしかないのだ。


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