吉田茂と日本の戦後

吉田茂と日本の戦後

サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約調印によって戦後の日本の方向を決定づけたのは吉田茂であった。講和条約で最大限に有利な条件を引き出すのが吉田の戦術であったが、安全保障条約においては将来的な軍隊保持、そして米国軍隊のために基地を提供するという秘密の約束をさせられることになる。

果たして吉田茂の判断が正かったのか、現在の普天間基地問題など多くの問題の原点がここにある。

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