ソ連侵攻と満州崩壊

ソ連侵攻と満州崩壊


  1. 満州国は光り輝く王道楽土でしたね。世界中の人々に支持され、建国された満州帝国は、ラストエンペラーも大喜びでした。

    当時の漢民族は、満族の大清帝国の陵墓まで破壊していたわけですから、日本大使に助けて貰った上に、帝国まで建設して貰って嬉しかったでしょうねえ。

    皇帝溥儀は、当時は中国の領土ではない父祖の地に帝国を建設して貰い、大恩ある日本国に背くことは苦しかったと思われますが、東京でリンチが行われる場では、嘘をつくことによって生命を拾いました。

    日本が中国に引っ張り込まれたのは、毛沢東の巧みな活動のせいであって、居留民を虐殺されては日本政府も軍隊を送らざるを得ない。

    日本国の方針は中国に入らないことでしたが、とうとう引っ張り込まれました。

    満州に帝国が出来ればソ連の侵略を防ぐことが出来る。それだけが日本国の国防方針であったけれども、中国に日本軍が入ったのでは、米国の餌食になることは目に見えている。

    米国は英国の覇権をなんとかしてもぎ取ろうと策略の限りを尽くしていたのだから、そんなときに中国に軍隊を送れば、絶対に戦争を仕掛けてくる。

    大国が戦争を決意すれば小国は、戦争を防ぐことは出来ない。イラク戦争を見ていてよく分かった。それが大東亜戦争の真相である。

    満州国は、日本をつぶそうとする米国の政策とは相容れないから、いずれにしてもあだ花になる運命だったのだろう。満州族もいまでは中国に侵略されてしまって、悲嘆にくれているだろう。

    大本営参謀の記述を見れば、軍隊を民間人と混交させれば意図せずして民間人の被害が拡大するとの配慮もあり、先に日本軍を後退させたのも理解できるが、それは文明国を相手にするときの配慮であって、ロシアや中国のような近代を経験しない軍隊を相手にするときの方法として、非常に間違っていると思う。

    • 新太 より:

      >optimistic monsterさん、

      満州国を作った石原莞爾はアメリカとの最終戦争に勝って日本が世界の覇権を握るという大きな構想をもっていたようですね。

      当時の日本人の夢や野望のすべてが満州国建国に託されていたのだと思います。

      今ではすっかり牙を抜かれてしまった日本人がもっとも積極果敢に振舞った華やかな時代であり、反面悲しい歴史でもあります。

      満州国建国を侵略戦争と見るか自衛のためと見るか人によって歴史観が大きく異なると思いますが、当時の日本人の置かれた立場、世界の状況から考えれば当然の行動だったと考えるのもアリだと思います。


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